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桃太郎異聞:誰が鬼ヶ島を焼き払ったのか?(小説)

岩肌が露出し多くの鳥が群生する険しい島の風景。曇り空の下、波が打ち寄せる様子 小説
長らく島を離れていた「俺」が目にした故郷の景色。この険しい岸壁の向こうに、黒煙が立ち上っていた。
小説
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焦土に立ち尽くす鬼が見た「正義」の爪痕

第一章:焦土に立つ

鬼ヶ島にたった一人で暮らす老いた鬼は、海のはるか向こうを見据えたまま「あの日のことか……」と、重い口を開いた。

「俺はしばらく、よその土地へ行っていて島を離れていた。久しぶりに戻ってきたと思ったら、あのありさまだ……。

島を出るまで確かにそこにあった当たり前の暮らしが、跡形もなく消え、建物は焼け落ち、黒煙が立ち上る様は、まるで地獄そのものだった。人っ子ひとりいない……」

そう言うと、彼は一度口を閉ざした。

長い沈黙の後、彼は続けた。

第二章:巨躯の守護者

なぜ俺がその時、この島を離れていたかから話さなきゃならんな。

この島はお屋形様あっての場所でな。島の者は『お屋形様がいてくださるから、こんなにいい暮らしができる』と言っていたもんだ。

そんな話がある一方で、
『お屋形様に睨まれて、ションベンちびるかと思った』なんて大人たちが話しているのも聞いていた。

身体はでかいなんてもんじゃない、見上げるばかりの大男。声もでかいし、そのうえ顔も怖い。

そりゃおっかなかったよ。お屋形様が歩いてくるのを見るだけで、物陰に隠れるくらいだったからな。

話なんざ、したこともねえ。

俺のところは親父が早くに亡くなってたんで、楽な暮らしじゃなかった。

ただ、小さいとはいえ、親父が遺した船を一艘持っていた

そんな時、「島の外へ物を売りに行ったら、えれぇ高値で買ってくれて儲かったんだわ」という話を聞いた。

詳しく聞くと、お屋形様に相談に行ったらすべて手配してくれて、商売に出ることができた、ということだった。

「俺もやりたい」と言ったら、「話しつけておくから」と勧められてな。

第三章:門を叩く勇気

それからしばらく経ったある日、お呼びがかかってお屋敷へ行った。

門をくぐっただけで足がすくんだよ。でかい屋敷でな、脇には立派な土蔵が建っていた。

玄関を入って土間で待っていると、お屋形様が現れてな。
「お前さんのところの母親は達者にしてるか」というのが最初の言葉だった。

俺の家のことまで覚えていてくださったんだと、震えたよ。

第四章:土間に落ちた涙

「話は聞いてある。あとは品物を手配しておくから、売って売って、売りまくってこい」と発破をかけられた。

それから「ちょっと待ってろ」と言って奥に引っ込むと、すぐに戻ってきて、「当座の金も必要だろう。これはお前への餞別だ」と、俺が今まで見たこともないような、まとまった額の銭をくれた。

「その代わり、売った品物の半分の銭はよこせ。売れ残ったものは持って帰ってこい。他の者に売らせる」

そう言って、お屋形様はそのまま奥へ引っ込んでいった。

俺は頭を下げたまま、顔を上げることができなかった。立つことすらできなかった。

土間の地面には、俺の目からこぼれ落ちた涙が、いくつもの黒いシミを作っていった。

第五章:飛ぶように売れる宝の山

出港の日、俺の船には多くの品物が積み込まれていた。

お屋形様はここまでしてくださるのかと、驚いたもんだった。

海の上で考えたよ。

お屋形様の言う通り「売って売って売りまくってやる」という逸る気持ちと、「果たして本当に買ってくれるものなのか」という不安でいっぱいだった。

だが、そんな心配は無用だった。

店を広げた途端、
「これ、いくらで売ってくれ」と、こっちが考えていた売値の何倍もの値を付けて、皆が競うように買っていく。

俺の小さな船の積荷が、一日で売り切れてしまいそうな勢いだった。

ただ、次の商売のことを考えれば、売り先は多くて困ることはない。そう思って翌日、その翌日と、場所を変えながら少しずつ売りさばいた。

どこへ行っても、品物は飛ぶように売れた。

第六章:絶頂の帰路

すべて売りさばいて、土産を買うことにした。浮かれていたんだ

母ちゃんには綺麗な紅を、兄弟たちには細工物の独楽(こま)を……。
世話になった皆の喜ぶ顔が見たくてな。

もちろん、お屋形様への土産も買ったさ。

丸一日かけて、品定めをして回った。

土産でいっぱいになった船を見て、
「このまま嵐が来たらひとたまりもないな」なんて、余計な心配までしていた。

――あれが、俺の絶頂だった。

あの日、海は凪いで風もなく、雲一つない晴天だった

第七章:凪の空と地獄の煙

しばらくぶりに見る島の上に、何本かの箸でも立っているような細い影が見えた。

最初は陽炎のように揺れていたが、船が島へ近づくにつれ、それが巨大な煙柱であることが分かった。白、黒、灰色が層を成し、風のない空へまっすぐ突き刺さっている

急いで浜に上がると、
そこに広がる景色は地獄絵図そのものだった。

焼け落ちた家々の骨組みが、まるで折れた肋骨のように突き出し、地面にはまだ赤い熱を残した瓦礫が散らばっている。

何がどうなってこうなったのか、ただ、島が襲われたことだけは、言葉より先に身体が理解していた。

第八章:灰塵の我が家と亡骸の指標

俺は、なりふり構わず家へと向かった。

道すがら目に入るかつての家並みは、かろうじて無残に焼け残った黒焦げの柱と、かつて家であったことの痕跡すら残らぬほど焼けただれた残骸ばかりだった。

所々には小さく燃え残った残り火があり、海から見えた黒や白、あるいは灰色の煙が、天高く、どこまでも真っ直ぐに立ち昇っていた。

熱気が地面から立ち返し、息を吸うたびに喉が痛んだ。

家へと着いたものの、そこがどこかも判然としなかった。

ただ、変わり果てた姿となった母親や兄弟の亡骸を見て、ようやくここが我が家だと悟った

膝が勝手に折れた。 声は出なかった。 灰の匂いと焦げた木の臭いの中で、時間だけが止まったようだった。

あちこちで、同じような光景が広がっていた。

島全体が、ひとつの巨大な墓標のように静まり返っていた。

第九章:空っぽの土蔵に響く乾いた笑い

俺はお屋形様のお屋敷へと急いだ。

そこで目にしたのは、半壊した土蔵と、見る影もなくなった屋敷の姿だった。

土蔵の近くへ行くと、分厚い扉が入口の近くに転がっていた。

俺は、吸い寄せられるように土蔵の中へ足を踏み入れた。

――何もない。

まるできれいに掃除でもしたかのように、何もない

かつてこの蔵の中には、島にもしものことがあった時のためにと、

お屋形様が蓄えていた食料や布、銭などがひしめき合っていたはずだった

かつて島で災害が起きた際、この蔵の物が分け与えられたことで、
多くの命が救われた。

それは、島の者なら誰もが知っていることだった。

その蔵の中が、空っぽなのだ。米粒一つ、落ちていやしない。

なぜかは分からない。
だが、突然、俺の口から乾いた笑い声が漏れた

何もない蔵の中に、俺の笑い声だけが虚しく響き渡った。

第十章:静寂の島と夕焼けの生還者

それからは、誰かいないかと島中を歩き回り、生き残った者を探した。

だが、ただの一人も見つけることはできなかった。

途方に暮れ、元の家があった場所に戻って腰を下ろした。

ふと海を見ると、
西の空には、それはそれは綺麗な夕焼けが広がっていた。

第十一章:瓦礫から伸びる小さな手

その時だ。かすかに、ほんのかすかにだが、声が聞こえた。

物音ではない、確かな「声」だ。

隣の家があったあたりの、瓦礫の下からだった。声の主を探して、重い残骸を引っ張り出し、邪魔なものを退けていく。

時折声をかけながら、必死に掘り進めた。
声は、少しずつ、だが着実に大きくなっていく。

その瞬間だった。

瓦礫の隙間から、小さな、本当に小さな子供の手が見えた。
その手が、俺を求めるように五本の指をゆっくりと開いていくのが見えた。

その後のことは、もう覚えていない。
ただ夢中だった。

ようやくその子の身体を隙間から助け出し、抱きかかえたとき。

ふと見れば、俺の指先はズタズタに裂け、血が滴り落ちていた。

第十二章:傷だらけの救出と決別の船出

その時になって初めて、俺は指先に焼けるような痛みを感じた

この子が、これからこの島で生きていく術はない。

俺は、その子を抱えて船へと戻った。

知り合いに、この子を預け、安全を確保するためだ。

暗い闇の中、知り合いのいる島へと船を走らせた。

揺れる船の中で、その子がぽつりぽつりと語り始めた。

昨日の明け方、突然島に現れた集団が島を襲い家に火を放ったのだという。

その時、侍大将に付き従う雉(きじ)が、
「桃太郎さんよ、蔵の中の物はどうするんだ」と尋ねると、

桃太郎
「きびだんごをやってあるだろ。欲深だな」と笑い飛ばし、

「当然、全部持って行くさ」と答えたという。

その後、お屋形様は首に縄をかけられ、犬や猿に引きずられるようにして、船に乗せられていったのだ。

第十三章:託された命と、譲れない弔い

知り合いの島に着いたのは、何刻(なんどき)の頃だったろうか。周囲はまだ、真っ暗だった。

その知り合いの夫婦には子供はいなかった。俺は今までに見て、聞いて、知ったことのすべてを話し、

「この子の面倒を見てやってくれ」

とその子を託した。

帰ろうとする俺を、夫婦は引き止めた。「今帰ったところで、何もないだろう。ここにいろ

「いいや、島の家族や知り合いが、あの島で野ざらしになっている。

弔わなきゃならん。仏さんたちを、あのままにはしておけねえ」

「それは、お前が落ち着いてからでも良いではないか。どうせ、もう取られる物などないのだから」

夫婦は強く勧めてくれたが、俺は首を振った。

「だが、島がある。奴らにとって価値があると思えば、また必ずやってくる」

それとな、お前さんたちは絶対に島には近づくな。奴らは容赦しねえ。島に行ったと知れたら、お前さんたちの首まで飛ぶ。

だから、決して来るな。」

第十四章:形を失った土産と、果たされるべき約束

買ってきた土産は、すべてその夫婦に置いてきた。

渡す相手のいない土産なんて、ただの物だ。

土産ってのは、相手の喜ぶ顔を見るのが楽しみなもんだ。それが、渡す相手がいなくなっちまった。ひとり残らずな。

ただ、お屋形様に納める分だけの銭だけは、持ち帰ってきた。

残りは全部やるから、この子のために使ってくれと、強引に押し付けて俺はここへ戻ってきたというわけさ。

「あれから随分と時が過ぎた。あの子はどうしているかな、なんて時おり思い出すこともある。考えても詮無いことだがな」

「……ただ、あの時の、あの子のちっちゃな手の指がひらいた瞬間のことだけは、今でも昨日のことのように思い出す」

そう言って、彼は懐から古びた革袋を取り出した。

「これが、お屋形様との約束を果たすための銭だ

袋の中では、鈍い金属の音がした。

第十五章:オレンジ色の沈黙

「たった一日……あの時、土産なんて買わずに戻っていれば……」と言ったきり。

オレンジ色に染め抜かれた、海いっぱいに広がる夕焼けを眺めては黙り込んだ。


ここで描かれた光景は、桃太郎伝説に潜む支配の構造を照らし出す。
詳細な考察は、こちら。桃太郎伝説にみる支配の構造