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第9話(最終章):「もう、いいよ」と「書けない」

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第9話(最終章):「もう、いいよ」と「書けない」
文学・文壇
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半分の人生、倍の速度で走り去った男

志賀直哉と直木三十五。 二人はほとんど交わらなかった。 同じ時代を生きながら、 同じ文壇にいながら、 同じ菊池寛に支えられながら、 二人の人生はまるで別の惑星のように離れていた。

だが、文学史はときに残酷なほど美しい対比を用意する。

最期の言葉。

このたった数語が、 二人の人生のすべてを照らし出す。

1. 志賀直哉──「書かない自由」を持った作家の終着点

志賀直哉は、 生涯一度も経済的困窮を経験しなかった。

旧家の出自。 学習院という繭。 白樺派という共同体。 父との対立すら、資金援助は途切れなかった。 そして莫大な遺産。

志賀は、 「書かないことが許される」 という、ほとんど神話的な環境を与えられた作家だった。

  • 納得がいかなければ数年単位で沈黙
  • 読点ひとつに数日
  • 原稿を丸ごと反故にする
  • 20年かけて『暗夜行路』を書く

この“贅沢な沈黙”は、 志賀の文体を研ぎ澄まし、 志賀の権威を固め、 志賀を“神様”へと押し上げた。

そして88歳。 家族に向かって静かに言った。

「もう、いいよ」

これは、 人生を降りる言葉ではない。

「書かなくても生きられた作家」の、 静かな幕引きだった。

2. 直木三十五──「書かないと死ぬ」作家の終着点

直木三十五は、 志賀とは正反対の場所から出発した。

質屋の息子。 早稲田除籍。 冬夏社の倒産寸前。 プラトン社の雑誌編集。 映画界での狂奔。 借金と原稿の往復。

直木にとって文学とは、 芸術ではなく、 生活そのものだった。

  • 家賃のために書く
  • 米のために書く
  • 借金取りを追い返すために書く
  • 読者の熱狂を維持するために書く

書くことをやめた瞬間、 生活が崩れる。

だから直木は、 病に倒れても書き続けた。

高熱の中で原稿を抱え、 意識が混濁しても空中に文字を書き、 最後の最後まで“書こうとした”。

そして43歳。 結核性脳膜炎で意識が溶けていく中、 直木はうわ言のように繰り返した。

「書けない……書けない……」

これは、 志賀の「もういい」とはまったく違う。

“書きたいのに書けない”という、 生の意志と肉体の崩壊の衝突だった。

3. 二人の人生は、最期の言葉で最も鮮やかに対照をなした

志賀直哉は88年生きた。 直木三十五は43年で死んだ。

直木は志賀の半分の人生しかなかった。 だが、その半分の時間を、 志賀の倍の速度で走り抜けた。

志賀は沈黙で神になり、 直木は疾走で生きた。

静と動。 沈黙と乱筆。 特権と生活。 神話と現場。 白樺と冬夏社。 数千部と数十万部。

そして最期の言葉。

志賀直哉「もう、いいよ」 直木三十五「書けない」

この二つの言葉は、 日本文学の二つの極を象徴している。

4. 菊池寛──二つの言葉を制度に変えた男

菊池寛は、 この二人の最期の言葉を “文学賞”という制度に変換した。

  • 芥川賞=静の保存
  • 直木賞=動の顕彰

芥川龍之介の死。 直木三十五の死。 そして志賀直哉という北極星。

三人の死と生が交差して、 二つの賞は生まれた。

芥川賞は、 社会の影、個人の孤独、時代の歪みを描く新人を育てる。

直木賞は、 読者を熱狂させる物語の職人を育てる。

そして今もなお、 二つの賞は“静と動の両輪”として回り続けている。