時給1000円超えの国で、茶碗1杯75円が悪となる「正義」
1.令和の米騒動。備蓄米に並ぶ「行列」という名の不条理
「5キロで3,000円超え。生活が壊れる」
「主食すら満足に買えない。この国はどうなっているのか」
スーパーの空の棚、そしてインタビューに答える消費者の姿が連日放送されている。
米の店頭価格は、前年比で約1,000円上昇した。
この状況を受け、政府が放出した「備蓄米」の販売が行われ、各地で以下のような光景が報じられている。
- 「安くて助かる」コメ不足・高騰で政府の“備蓄米”販売に長蛇の列(日テレNEWS)
- 開店前から200人の行列政府放出の備蓄米「10キロ3400円」を求めて(テレビ朝日系)
ニュースが記録しているのは、以下の「事実」だ。
- スーパーの開店前から続く、数百人の行列。
- 「安くて助かる」と語り、整理券を握りしめて数時間待機する人々。
- 数時間並んでようやく手に入れた、数キロの米袋。
メディアは、この「行列」と「安堵の声」を令和の米騒動における解決策の一場面として映し出し、同時にその「原因」への追及を始める。
米が1,000円上がった。
まるで明日から飢え死にするかのように。
2.古い台本で、JAを犯人に仕立てるマスコミの構図
玉川徹は、テレビ朝日系『羽鳥慎一モーニングショー』などの場で、米価高騰とJA(農業協同組合)の関係について繰り返し言及している。
「JAが概算金(農家への仮払い金)を大幅に引き上げたことが、新米価格を高止まりさせている」
「民間流通が拡大したと言いながら、実際にはJAが依然として強い価格決定権を握り、市場原理を歪めている」
「本来、需給が緩めば価格は下がるはずだが、JAの集荷システムや価格設定がそれを阻害している」
「米の価格高騰はJAが原因?」玉川徹氏の指摘(J-CASTテレビウォッチ)
玉川徹は「JAが他(の集荷業者)に取られないように概算金を上げた」「それが末端価格に跳ね返っている」と分析し、JAの集荷競争が価格吊り上げとの要因になっていると論じている。
「消費者は高い米を買わされている」「その原因は組織の集荷競争にある」
この明快なロジックをベースに、マスコミは「消費者の敵」としての構図を描き出していく。
3.45年間の物価推移:米だけが「昭和」に取り残されていた不都合な真実
1970年代から80年代の数字を引っ張り出してみようか。
かつて日本には「食糧管理制度(食管法)」という、政府が米の価格と流通を完全に支配していた時代があった。
農家から高く買い、消費者に安く売る。その逆ザヤで生じる巨額の赤字(食管赤字)は、すべて国民の税金で埋められていた。
- 1980年 大卒初任給:約110,000円 / 2025年:約240,000円(※約2.2倍)
- 1980年 東京最低賃金:405円 / 2025年:1,226円(※約3倍)
- 2025年 全国平均最低賃金:1,121円(厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金改定状況」参照)
- ハガキ代:1980年 20円 / 2025年:85円(※4.25倍)
- コーヒー(1杯):1980年 約250円 / 2025年:約600円(※2.4倍)
- ディズニーランド:1983年 3,900円 / 2025年:約10,000円(※2.5倍)
で、真打ち登場。
- 米価(全国平均・60kg):1980年 約18,000円 → 2025年:約30,000円(※1.6倍)
秋田県産あきたこまち(1等米・60kg)における、過去10年の当初概算金の推移は以下の通り。
- 2016年(平成28年)産:11,500円
- 2017年(平成29年)産:12,300円
- 2018年(平成30年)産:12,500円
- 2019年(令和元年)産:12,200円
- 2020年(令和2年)産:12,200円
- 2021年(令和3年)産:11,200円
- 2022年(令和4年)産:11,700円
- 2023年(令和5年)産:12,000円(※当初。最終16,800円)
- 2024年(令和6年)産:28,300円
- 2025年(令和7年)産:33,000円
出典:JA全農あきた プレスリリース / 農林水産省「米の相対取引価格・数量」
見ての通り、2023年産米の当初段階まで、米価は1980年の水準(18,000円)から大きく下回り、12,000円前後で「安値安定」していた事実がある。
4.集荷率3割の「支配者」? ── すでに崩壊しているJA中抜き論
さて、この数字を並べた後で、改めて「JA吊り上げ論」を眺めてみようか。
「JAが概算金を上げたから、不当に米が高い!」なるほど、勇ましい。
だが彼が基準にしている「安かった頃」というのは、農家が1980年代の価格(18,000円)すら下回る12,000円前後で、文字通り血を流しながら「安値安定」を支えてきた、あの異常なデフレ期間のことだ。
はがき代が4倍になり、コーヒーが2.4倍になり、最低賃金が3倍になったこの45年間。
米だけは、2023年まで昭和の価格にすら届いていなかった。
この「不条理な安さ」という不都合な真実を、無視し続けてきたマスコミが、いざ数字が令和の物価水準に近づこうとすると、待ってましたとばかりに「悪役」を探し始める。
あるコメンテーターは、数千万円もするドイツ製のスポーツカーを乗り回し、一杯600円のコーヒーを飲みながら、一食分わずか数十円の米の値上がりに対して
「組織の陰謀だ!」
とカメラに向かって、のたまう。
「僕は炊飯器を持っていない」と平然と言ってのける御仁がだ。
仮に米5kgが5,000円の「高級ブランド米」だとしても、1合(約150g)あたりに換算すれば、わずか150円だ。
でも、一食で1合丸々平らげる人なんて、今の日本に一体何人いるのかね?
普通の茶碗一杯なら、せいぜい0.5合。つまり、一膳たったの75円だ。
75円でコンビニ行って、なに買える?
チロルチョコを数個買うのが関の山……かなぁ。
「JAの中抜き」をテレビの前で糾弾するが、JAが米の販売で受け取る販売手数料は、概ね3~5%程度に過ぎない。
さらに言えば、全国農業協同組合連合会(JA全農)の2025年産米の集荷量が、目標に掲げていた生産量全体の約3割に当たる227万トンに届かない見通しとなった。
JA全農のコメ集荷、生産量の3割に届かず。新潟日報
実態はさらにシュールだ。
農林水産省の調査(令和6年産米分析)を見れば分かるが、今や米の流通の半分以上は、JAの手を離れた商社や仲買、あるいは農家の直販といった「民間流通」だ。
特に令和6年産米では、生産者がJAを通さず直接販売するケースが前年よりも激増している。
そんな中、こんなニュースが流れてきた。
- 「誰かが止めないと際限なく上がる」コメ高騰のなか“5kg3500円”にこだわる広島の農家(Yahoo!ニュース/TBS NEWS DIG)
なら、ここで電卓叩いてみようか。暗算ができなくなって来てるから電卓は必須。
2025年現在、秋田の概算金は60kgで33,000円だ。
一方、5kg3,500円を60kgに換算すると、5×12で42,000円になる。
JAへ出すよりも、直販で「安い」「適正価格」として売るほうが、1俵あたり9,000円も高く売れる。
ただし、絶対条件として、それなりの設備や販売先が必要ではあるが。
マスコミが叩いている『JAによる価格支配』という物語は、もはや市場の半分すら説明できない古い台本に過ぎない。
数%の手数料で、かつシェア3割にも満たない組織が、どうやって自由競争の市場価格を「支配」し「吊り上げる」というのか。
内閣支持率は30%を下回ると「危険水域」に入ったと言われるのが一般的で、さらに、20%台になると政権運営が一段と厳しくなるとされている。
JAの米集荷率が3割に満たない現状を鑑みれば、タダの妄想、妄言でしかない。
マスコミはここ数十年アップデート、どころか、バージョンアップすらできていないのか?
それとも、あえてやらないのか?
令和の時代に昭和の「悪役」――例えば、国家が米を全量管理していた食管法時代の農協――をわざわざ引っ張り出し、カビの生えた台本で大衆を煽り立てる。
白黒テレビ時代を知らぬ世代が多い中、シュールで時代錯誤な、そこだけ白黒映像のノイズが走っているようではないか。
5.「行列」という名の娯楽:時間という財産をドブに捨てる人々
2025年現在、日本の最低賃金は全国平均で1,121円、東京なら1,226円。
放出された備蓄米を求め、スーパーの開店前から行列を作る。
数円安いガソリンを求めて車を走らせ、お目当ての「安い米」を求めて整理券を握りしめ、ただただ、開店時間まで並び続ける。
ひょっとして、テレビ局が取材に来て、「物価高で大変です」と嘆く私の姿が映るかも……。
玉川さんが、私の声を引き継いで、政府を糾弾してるかも……なんてね。
もったいないね。
猛暑の中なのか、寒空の下なのか知らないけど、その並んでいる時間を、最低賃金と換算してみなさいよ。スマホの電卓で出来るでしょ。どうせ、ただ、突っ立ってるだけなんだから。
最初から「ちょっと高い米」との差額分なんて、お釣りがくるでしょうに。
一膳わずか75円、コーヒー数口分の差額のために、自分に残された人生の貴重な時間を、何時間も、ただただ空の下で無為に消費する。
そんだけの時間並んだら、最初から高い米買えるよねぇ。
マスコミが流す「白黒映像」の正義に踊らされて、自分の時間という財産をドブに捨てることが、何よりも代えがたい「娯楽」だというのなら、お好きなように。
6.あなた、数のかぞえかたって知ってます?
はい、片方の手を開いてください。
では、親指を内側に折ります。
折った指をようく見てね。
お父さん指ですよ。これで1。
次に、人差し指を親指の上に重ねます。お母さん指ですよ。これで2。
次に、中指、お兄さん指折りましょう。これで3。
次は、薬指、お姉さん指ですよ。これで4。
最後に小指、赤ちゃん指を折って。これで、5。
はい、5まで覚えましたね。忘れちゃダメですよ。

L『納得感の解剖学|説得の技術者たち』
『知の深淵へ|童話・寓話の解剖学』

