干支を決めるための招待状が、空を飛ぶ者たちにも届いた。
だが、そこに姿を見せなかった者がいる。ある者たちは、命が惜しくていかなかった。
これは、選ばれなかった者の物語。 栄光ではなく、沈黙。 名誉ではなく、影。
それでも彼は語る。 語らずにはいられないからだ。 なぜなら――
語られなかった者たちの記憶は、 誰かが語らないと、 沼の底に沈んだまま、永遠に忘れられてしまうからだ。
モリアオガエル:「発泡タンパク質って、知ってる? 水と空気を混ぜて、泡を作るんだ。 あれで卵を包む。
木の上に、ぶら下げるようにしてな。
雨が降れば、泡が崩れて、オタマジャクシが水に落ちる。 降らなきゃ、全滅だ。
だから、空を見てる。ずっと。 ……あいつが来ないかも、見てる」
(ぴちょん)
アマガエル:「皮膚のクロマトフォアって、便利だけど、疲れるのよ。
光、背景、湿度、気温――全部に反応する。
だから、いつも誰かに合わせてる。 葉っぱの緑、泥の茶色、石の灰色。
……でも、あいつの目には、どうせ見えてるんでしょ?」
(ずるっ)
ヒキガエル:「パロトイド腺っていうんだ。耳の後ろの、あの膨らみ。
毒が出る。強いやつだ。
でも、あいつには効かねえ。
春に目を覚まして、最初に考えるのが“あいつはまだいるか”だ。 ……オレたち、いつまで逃げりゃいいんだ?」
(沈黙)
アマガエル:「……ヒキガエル、来てたんだ」
ヒキガエル:「来るさ。こんな夜は、眠れねえ。」
アマガエル:「モリアオも、ずっと上にいたでしょ?」
モリアオガエル:「泡が気になってね。雨が降るかと思ってた」
アマガエル:「アマガエルは?」
アマガエル:「……ここにいたよ。ずっと。色、変えてただけ。」
モリアオガエル:「……あいつ、今どこにいるんだろうね」
ヒキガエル:「見えないのが、いちばん怖い。あの目、動かなくても見てる気がする」
アマガエル:「赤外線で体温を探るんだろ? オレたち、変温動物なのに、見つかるんだぜ。」
モリアオガエル:「動かなくても、見つかる。網膜に赤外線を感じる細胞がある。
体温のあるものは、暗闇でも光って見えるらしい。 夜でも、霧の中でも、あいつには関係ない」
アマガエル:「私、色を変えて隠れるしかないけど…… クロマトフォアって、意外と繊細なの。
気温とか湿度とか、ちょっとしたことでバランス崩れる。 それに、変えすぎると、どれが本当の色か分からなくなる。
でも、あいつの目には、そもそも色なんて関係ないんだよね。 熱と動きで、こっちを見てる。」
モリアオガエル:「しかも、あいつ、舌が速い。 0.07秒。まばたきより速い。
粘液で獲物を絡め取って、引き寄せる。 こっちが跳ねるより、先に届く。」
ヒキガエル:「それだけじゃねえ。 あいつ、舌の先で空気を舐めてる。
“ヤコブソン器官”ってやつで、匂いを読むんだ。
オレたちの皮膚から出る粘液の成分、 水の中に溶けた卵の匂い、 全部、あいつには“道しるべ”だ。」
アマガエル:「泡の中に隠れるのは?」
モリアオガエル:「無理だよ。あれ、白くて目立つし。 木の上にぶら下がってる泡の塊なんて、 あいつの目には、熱の塊に見える。
しかも、泡の中の子たちは動けない。 見つかったら、終わりだ。」
ヒキガエル:「木の上もダメ、水の中もダメ、地面もダメ…… オレたち、どこにいりゃいいんだ?」
モリアオガエル:「水に潜るしかない。底の泥に潜って、じっとしてる」
アマガエル:「でも、息が……」
ヒキガエル:「オレは皮膚呼吸できる。 泥の中でも、しばらくはな。
でも、長くはもたねえ。
あいつは、待つのも得意だ。 じっとして、動くのを待ってる。
こっちが先に息切れするの、分かってるんだ。」
アマガエル:「……どうして、そんなに完璧なの。 あんなの、ずるいよ」
ヒキガエル:「ずるいって言ってもな。 あいつは、そうやって生きてきたんだ。 オレたちみたいなやつを、食いながらな」
アマガエル:「私たち、何のために進化してきたんだろうね。
水にも逃げられるように、肺を持って、皮膚でも呼吸できるようになって、 色も変えられるようになって……
でも、全部、見抜かれる」
モリアオガエル:「水の中で産んでた卵を、木の上に移したのも、 水辺に来る捕食者から守るためだった。 でも、あいつは木にも登る。 水も陸も、もう安全じゃない」
ヒキガエル:「オレたち、両方に適応してきたんだよな。
エラで呼吸してた子ども時代から、肺と皮膚で呼吸する大人になって、 水から陸へ、陸から水へ、行ったり来たりして……
逃げ道を増やすために、そうなったんだ」
アマガエル:「でも、あいつは、どこにでも来る。
水の中にも、木の上にも、地面にも。 私たちが“両方”にいる限り、 あいつも“両方”に来る」
ヒキガエル:「……進化ってのは、逃げ道を増やすことだったのにな。 それでも、足りねえってのかよ」
(しばし沈黙)
モリアオガエル:「……それでも、逃げるしかない」
アマガエル:「うん。逃げるしかない」
ヒキガエル:「……逃げて、生きる。 それが、オレたちの定めだ」
3匹の嘆きは続く、まだ、まだ
カエルはヘビが怖くて、行けなかった
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