当ブログの「正しい」歩き方はこちら

2. 安倍晴明という装置──彼は本当に“いた”のか?

嘉永五年(1852) 引札暦 国分屋半左衛門 大経師内匠 弘所 松浦 明治四年(1871) 引札暦 八木源兵衛 降谷明晴 板 :国立天文台 所蔵 歴史・文化
歴史・文化
この記事は約3分で読めます。

――彼は本当に“いた”のか?

その名を知らぬ者は少ない。 安倍晴明

千年を超えて語り継がれ、神社となり、物語となり、キャラクターとなった男。 だが、彼の実像を知る者は、ほとんどいない。

彼は本当に“いた”のか? それとも、最初から“記号”だったのか?

この章では、安倍晴明という存在を“装置”として読み解く。 彼がどのように記録され、語られ、利用され、変形されてきたのか。

そして、なぜ彼だけが、時代を超えて生き延びたのか。 その理由を、制度と信仰と物語の交差点から探っていく。

1. 曖昧な実像──史料の中の晴明

安倍晴明の実在は、確かに記録されている。 『日本紀略』『小右記』『続日本紀』── そこには、天文博士・陰陽師としての晴明の名が、確かに刻まれている。

だが、その記述は驚くほど淡白だ。 彼が何を考え、何を信じ、どんな術を使ったのか。 その内面は、ほとんど語られていない。

むしろ、彼の“物語”が膨らんでいくのは、死後のことだ。 『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『御伽草子』── そこでは、晴明はすでに“超人”として描かれている。

史実の晴明と、語られる晴明。 そのあいだにある“空白”こそが、彼を装置に変えた。

2. 家学と記号化──土御門家の戦略

安倍晴明の子孫は、やがて「土御門家」として陰陽寮を世襲するようになる。 彼らは、晴明を“祖”とし、家学としての陰陽道を築き上げていく。

このとき、晴明はすでに“伝説の始祖”として機能していた。 彼の名は、知の正統性を保証する記号となり、 土御門家の権威を支える“神話的装置”となった。

やがて、土御門家は京都から追われ、江戸へ、そして明治へ。 その過程で、晴明の名は“国家の陰陽道”から“民間の信仰”へと滑り落ちていく。

だが、記号は消えなかった。 むしろ、制度から解き放たれたことで、より自由に変形されていく

3. 晴明神社と“再神秘化”の力学

明治時代、京都に「晴明神社」が創建される。 これは、国家によって排除された陰陽道が、 “信仰”として再び立ち上がる瞬間だった。

晴明は、神となった。 そして、彼の名は“信じたい人々”の手に渡った。

五芒星、厄除け、占い、パワースポット。 晴明は、制度の外で、再び“見えないもの”を扱う存在として蘇った。

4. 創作の中の晴明──変形される記号

現代において、安倍晴明は“キャラクター”として生きている。 夢枕獏『陰陽師』、映画、漫画、ゲーム、アニメ。 彼は、時に美青年として、時に妖しき存在として描かれる。

だが、そこには一貫した構造がある。 「見えないものを読み、制御する者」という役割。 それこそが、陰陽師の本質であり、 そして、晴明という記号が千年を超えて生き延びた理由でもある。

安倍晴明は、確かに“いた”のかもしれない。 だが、私たちが知っている晴明は、 史実の彼ではなく、語られ、変形され、祀られた“装置”としての彼だ。

彼は、制度の中で記号となり、 制度の外で神となり、 そして今、物語の中で再び生きている。

それは、消えた陰陽師の知が、 かたちを変えて生き延びている証でもある。

次に見るべきは、その知が扱っていた“技術”そのものだ。

世界を見えない線で縫い合わせる、 結界の技術へ──