――彼は本当に“いた”のか?
その名を知らぬ者は少ない。 安倍晴明。
千年を超えて語り継がれ、神社となり、物語となり、キャラクターとなった男。 だが、彼の実像を知る者は、ほとんどいない。
彼は本当に“いた”のか? それとも、最初から“記号”だったのか?
この章では、安倍晴明という存在を“装置”として読み解く。 彼がどのように記録され、語られ、利用され、変形されてきたのか。
そして、なぜ彼だけが、時代を超えて生き延びたのか。 その理由を、制度と信仰と物語の交差点から探っていく。
1. 曖昧な実像──史料の中の晴明
安倍晴明の実在は、確かに記録されている。 『日本紀略』『小右記』『続日本紀』── そこには、天文博士・陰陽師としての晴明の名が、確かに刻まれている。
だが、その記述は驚くほど淡白だ。 彼が何を考え、何を信じ、どんな術を使ったのか。 その内面は、ほとんど語られていない。
むしろ、彼の“物語”が膨らんでいくのは、死後のことだ。 『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『御伽草子』── そこでは、晴明はすでに“超人”として描かれている。
史実の晴明と、語られる晴明。 そのあいだにある“空白”こそが、彼を装置に変えた。
2. 家学と記号化──土御門家の戦略
安倍晴明の子孫は、やがて「土御門家」として陰陽寮を世襲するようになる。 彼らは、晴明を“祖”とし、家学としての陰陽道を築き上げていく。
このとき、晴明はすでに“伝説の始祖”として機能していた。 彼の名は、知の正統性を保証する記号となり、 土御門家の権威を支える“神話的装置”となった。
やがて、土御門家は京都から追われ、江戸へ、そして明治へ。 その過程で、晴明の名は“国家の陰陽道”から“民間の信仰”へと滑り落ちていく。
だが、記号は消えなかった。 むしろ、制度から解き放たれたことで、より自由に変形されていく。
3. 晴明神社と“再神秘化”の力学
明治時代、京都に「晴明神社」が創建される。 これは、国家によって排除された陰陽道が、 “信仰”として再び立ち上がる瞬間だった。
晴明は、神となった。 そして、彼の名は“信じたい人々”の手に渡った。
五芒星、厄除け、占い、パワースポット。 晴明は、制度の外で、再び“見えないもの”を扱う存在として蘇った。
4. 創作の中の晴明──変形される記号
現代において、安倍晴明は“キャラクター”として生きている。 夢枕獏『陰陽師』、映画、漫画、ゲーム、アニメ。 彼は、時に美青年として、時に妖しき存在として描かれる。
だが、そこには一貫した構造がある。 「見えないものを読み、制御する者」という役割。 それこそが、陰陽師の本質であり、 そして、晴明という記号が千年を超えて生き延びた理由でもある。
安倍晴明は、確かに“いた”のかもしれない。 だが、私たちが知っている晴明は、 史実の彼ではなく、語られ、変形され、祀られた“装置”としての彼だ。
彼は、制度の中で記号となり、 制度の外で神となり、 そして今、物語の中で再び生きている。
それは、消えた陰陽師の知が、 かたちを変えて生き延びている証でもある。
次に見るべきは、その知が扱っていた“技術”そのものだ。
世界を見えない線で縫い合わせる、 結界の技術へ──
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