桃太郎に付き従ったものは3匹ではなかった。
歴史の闇に消された、もう一つの物語
第一章 都の陰謀と出立の命
「のう、大丑(だいちゅう)。ワシがどれだけお主のことを思うとるか、ワシほど心配している者が、この都に他におるか。分かっておるじゃろ?」
「それを何より、身にしみておるのは、お主のはず」
俺、大丑寅之尉右兵衛尉(うひょうえのじょう)が、原藤末兼左近衛中将(さこんえのちゅうじょう)の屋敷に、鬼ヶ島への出立の挨拶に行ったときのことだ。
「都の連中は冷たいもんじゃ。だがの、ワシだけは違う。お主のことを、ずっと気にかけとる」
そう言いながら、懐から銀をひと包み取り出した。手に取れば分かる、丸薬一粒ほどの目方しかない。
「これも、ワシの気持ちじゃ。受け取ってくれや。なに、遠慮はいらん。お主の働きに期待しとるだけの話じゃけぇの」
これが、俺への餞別がわりか。あいも変わらずのしみったれさだ。
「お主も知っての通り、十三条の宮様も、鬼ヶ島のことは、えらく気にしておってな。そこで、ワシの進言により、この謀(はかりごと)が正式に受理された」
……進言だと?笑わせるな。あれは元々、内藤内匠頭の案だった。
あいつが原藤に手柄目当てに漏らした話を、こいつはさも自分の考えのように宮様に申し上げた。
で、いざ任が下ると、内藤は仮病、元々病弱ゆえに辞退は仕方のないとはいえ、元来、戦などとは関わりのない男。行ったところでなんの役にも立たんだろうが。
病弱で戦には向かぬ男が、この前会った時など、泣きながら「私の計画が盗まれた」と喚いていたわ。
で、内藤内匠頭の代わりとして白羽の矢が立ったのが上役である原藤末兼左近衛中将。
だが、この男。
自ら行く気などさらさらなく、結局、俺を身代わりに仕立て上げた。それを、こいつは隠そうともしない。
「のう、大丑。ワシの推挙がなければ、このようなお役目を仰せつかるなど、夢のまた夢。ありえない話じゃ。ワシに感謝せいよ。ワシの力あればこその、お話じゃ。分かっておるであろう」
「お主も知ってのとおり、鬼ヶ島との抗争も長い」
「都に従えと言っても奴らは応じず、大軍を送り込んだところで目立った成果も挙げられてはおらぬ。それどころか、今の帝の号令で動く兵など、もはやどこにもおらん」
「そこで、あえて少数による奇襲を仕掛ける。それが今回の策じゃ」
「お主がここで手柄を立てれば、さぞや、十三条の宮様もお喜びなされることであろう。……いや、お喜びどころではない。宮様が再び内裏で返り咲けるかは、すべてお主の肩にかかっておるのじゃ。頼む、この通りじゃ。なんとか、なんとかワシのためにも手柄を立てておくれ。お主だけが頼りなのじゃ……!」
最後は、袖で顔を覆い、芝居がかった泣き真似さえして見せる。
こいつも必死だ。いま内裏の中で十三条の立場は目に見えて弱くなってきている。だが、必死な理由はそれだけではない。
……例の、賄賂の件だ。おかげで俺も、それなりに良い思いはさせてもらった。
この男、原藤が酒宴に興じている陰で、配下の不祥事を、俺が裏で握りつぶす。記録を改ざんし、目障りな被害者を都から追放した代償に、こいつの懐から出所不明の銀(しろがね)が俺の手元へと流れる。
お前も俺も、同じ穴の狢。
お互い、遠くない将来、この都にはいられなくなる立場だ。
その後、原藤から十三条の宮の屋敷へ向かうよう命じられた。
道すがら、内藤内匠頭が立てたという謀(はかりごと)を思い出す。文官のくせに、とんでもないことを考えやがる。
大軍を動かして負ければ、責任問題は免れず、都の威信も地に落ちる。だが、少人数の奇襲なら話は別だ。
成功すれば「乾坤一擲の手柄」となり、失敗しても「単なる奇襲の不首尾」で済む。都の面目は保たれるというわけだ。
そのうえ、「平穏な関係にある今こそが好機」だと?
よくもまあ、平気な面をして言えるもんだ。
どいつもこいつも、食えたもんじゃねぇ。
第二章 開かずの間の少年
原藤末兼左近衛中将の屋敷を辞し、俺は十三条の宮の私邸へと足を向けた。
警護のお役を長く務めてきたが、北の対(つい)――その最奥にある「開かずの間」へ足を踏み入れるのは、今度が初めてだった。
警備の折に耳にした女官の噂話では、何でも北の対には帝のご落胤である桃殿と呼ばれる男がいるとのことだった。
桃は古来、「魔除け(鬼を払う)」の力を持つ果実とされる。内裏の連中が恐れ、鬼を払う道具として「桃の子」という呪術的な呼び名で縛り付けた……。という話だったのだが。
「――参れ」
十三条の宮様の声で部屋へと入る。
「大丑、よく参ったの。……面を上げよ」
許しを得て顔を上げた時に目にしたのは、座っているだけで鴨居に頭がぶつかるのではと思えるほどの巨大な肉体。
確かに女官どもが大きいとは言ってはいたが、これほどとは…。
だが、その体に似合わぬほど、顔は――赤ん坊のように無垢で幼い。青く澄んだ瞳、白目は驚くほど濁りがない。
その傍らに控える三人は、無表情のままだ。
第三章 影の従者たち
この三人の話も警備の折に、女官たちの噂話として耳にしたことがある。
「あの三人、奥の院の方の影なんですって」
「影?」
「ええ。名前もないそうよ。生まれた時から、あの方の傍にいて、ただ命令だけを聞くように育てられたって」
「名前もないって! じゃあ、あの人たち……」
「戦場(いくさば)では、ただの『道具』として使い潰すために、いぬ、さる、きじと記号で呼ぶらしいの」
「それじゃあ、人とは別物みたい」
そんな話を、女官たちは笑いながらしていたものだった。
だが、目の前に立つ三人の眼を見れば、それが笑い事でないのは明白だ。奴らが腰に差した業物が、これまでどれほどの命を啜ってきたのか。
感情の一片も宿さぬその無表情さは、奴らが「武士」という枠に収まる存在ではないことを物語っている。
たしかに女官たちの言う通り、こいつらは獣だ。それも、飼い慣らされたふりをして、喉元を食い破る機会を狙う飢えた獣だ。
十三条の宮が、呟くともひとりごちた。
「……鬼ヶ島を討てば、都の空気も変わろう。父帝の血を引く桃が、鬼を討ち果たせば、誰もがその力を認めざるを得まい」
「この数年、我が家は日陰に置かれてきた。左大臣家の台頭、右大臣家の讒言(ざんげん)、そして…あの方の寵愛を受けた者たちの力。だが、鬼ヶ島の討伐が成れば、風向きは変わる」
「……この都は、正しき血を恐れる。だからこそ、力で示さねばならぬのだ。桃の力で、我が家の名を、再び日ノ本の頂に――」
「のう、桃太郎よ、お主は、日本一の侍大将になるのだぞ」
と、狂おしいほどの期待を込めて桃太郎を凝視した。
桃太郎は「日本一の侍大将になる」と無邪気に呼応する。傍らに控えた三人の獣たちは、瞬き一つせず当然のこととして聞き届けていた。
桃太郎の一言が、かえってこの部屋に満ちるどす黒い執念を際立たせていた。
第四章 異形の旅路
その後は、直ぐに出立となった。
異様な隊列となった。桃太郎を先頭に、イヌ、サル、キジ、そして俺と。
出発してすぐに、桃太郎の異様とも思える身体能力を眼にすることとなる。
桃太郎は無邪気なものだ。
野良に出ると、その巨体で、目では追えぬほどの素早さで跳ね回っている。桃太郎の飛んだ足跡には、ネズミがすでにぺしゃんこになった影があった。それが、桃太郎の跳ねた場所全てにおいてだ。
ネズミは、わずか0.02秒という驚異的な反応速度で動くことができる。その反射神経は、人間がまばたきをする一瞬の間に、数回の方向転換を可能にする。わずか1センチの隙間があれば、最高時速13kmの速度でそこへ滑り込む。
三人にとっては、それが日常なのだろう。なんの変化も見せることはない。
道中、桃太郎は草むらに潜んでいた野ウサギを見つけると無言で手を伸ばした。
野ウサギは、時速60kmで走ることができる。 危険を察知すれば、0.2秒で跳ねて逃げるという。 その俊敏さゆえに、野生の捕食者ですら仕留めるのは容易ではない。
だが、逃げる間もなかった。
捕まったウサギは、彼の掌の中で小さく震えていたが、次の瞬間、
引き裂かれた。
桃太郎は、ただ無邪気な顔で手の中のものを見つめていた。
昼過ぎ、簡素な野営地で昼餉をとった。
桃太郎が空を見上げ、ふいに立ち上がった。
次の瞬間、跳ねるように宙へと飛び上がり、飛び交うツバメを一羽、素手で捕らえた。
ツバメは、時速100kmを超える速度で空を飛ぶ。 空中で虫を捕らえるほどの反射神経を持ち、人の手で捕まえるのは不可能に近い。
それを掌の中で握りつぶした。
「つぶれた」
そう呟いた桃太郎は、何事もなかったかのように席へ戻り、握り飯を口に運ぶ。
傍らの三人は、ちらりと視線を向けただけで、すぐに自分の食事に戻った。
気をつけねばならぬ。こいつら全員、人じゃない化け物だ。
第五章 鬼ヶ島、血の夜明け
そしてその夜、闇に紛れて鬼ヶ島へと上陸した。
寅の刻
夜明け前の静けさの中、砂浜に足を下ろし、戦前(いくさまえ)の腹ごしらえに早めの飯にした。
冷えた海風を避け、岩陰で慎ましく火を焚く。
残り火も少なくなっていた。夜明けを待たずに攻撃する手配となっている。
だれも、一言も発せず各々の巾着袋から糧食のきびだんごを取り出し食らいつく。
俺が2個目のきびだんごを手にした時だった。
「取ったぁ」
の声とともに桃太郎の手によって地面に叩きつけられた。
迂闊だった。
地面を転がりながら体勢を整えようとした瞬間、桃太郎の足が向かってくるのが見えた。
俺は、衝撃とともに背中をしたたかに岩に打ち付けられた。
骨がばらばらになるのを感じた。口からは、錆びた鉄の匂いとともに血しぶきが舞った。
「おい、桃太郎さんよ。お前さんのは、その巾着の下にあるじゃないか」
キジが声を掛ける。
桃太郎は、俺を振り向きもせず、
「あったぁ」
ときびだんごにかじりつく。
俺が戦(いくさ)の役に立たないことは明白だ。
3人は、俺の方を一瞥はしたものの、何事もなかったかのように自分のきびだんごにかじりつく。
俺の席にあった、きびだんごを桃太郎は、
「これ」
とキジに差し出す。
キジは嬉しそうに、それを手にした。
骨が砕けた。声すら出ない。たしかに、これでは足手まとい以外の何物でもない。
全身を焼かれるような痛みが襲う。
桃太郎が立ち上がった。
イヌは残り火の中に松明を突き刺し、火がついたのを確認すると鬼の集落へと駆けてゆく。
キジも負けじと松明に火を着けるとイヌの後を追う。
サルと桃太郎は、抜き身の刀を提げ、並んで歩きだした。
そのあとは、炎が巻く風の音と悲鳴にも似た声。バチバチと何かが爆ぜる音が、薄れゆく意識の中で俺の耳に届いた。
本作は『桃太郎異聞:誰が鬼ヶ島を焼き払ったのか?(小説)』の前日譚にあたります。
焼け落ちた鬼ヶ島の“その前”に、何があったのか――
ここで描かれた光景は、桃太郎伝説に潜む支配の構造を照らし出す。
詳細な考察は、こちら。桃太郎伝説にみる支配の構造
▼ 『寓界星|小説世界の母胎』の書庫一覧
▼ 社会・文化の解剖学の目次・一覧を確認する
└ 1. 桃太郎伝説にみる支配の構造
└ 2. 浦島太郎 |ここが思案の玉手箱・なぜに太郎は…
└ 3. なぜに「かぐや姫」の歌は存在しないのか?
└ 4. 鉢かづき|鉢に封じられた相続の真実
└ 6. 天女の羽衣なぜ彼女は子供を捨てたのか?
└ 9. 一寸法師と打ち出の小槌の象徴性
└ 10. 舌切り雀におけるお婆さんの役割と構造
└ 11. 瓜子姫伝説|風景に刻まれた祈りと掟


