なぜ鬼は「悪」とされたのか?
敗者の視点で描く「異聞」
第一章:焦土に立つ
鬼ヶ島にたった一人で暮らす老いた鬼は、海のはるか向こうを見据えたまま「あの日のことか……」と、重い口を開いた。
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→ 桃太郎異聞:誰が鬼ヶ島を焼き払ったのか?(小説全文)
1. 誰もが知る「桃太郎」|童話が描く正義の物語
童謡『桃太郎』
一、桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、一つわたしに下さいな。
二、やりましょう、やりましょう、これから鬼の征伐に、ついて行くならやりましょう。
(中略)
六、おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻め伏せて、分捕(ぶんど)り物を引き連れて、村へ帰って行きました。
この歌詞の最後にある通り、桃太郎は鬼を全滅させたわけではありません。「攻め伏せて」「引き連れて」帰ったのです。
2. 桃太郎伝説の聖地巡礼|日本各地に実在するゆかりの地
この物語は、単なる架空の童話ではない。日本各地には、そのモデルとなった「事実」や「伝説」が根強く残っている場所がある。
- 岡山県:吉備津彦命(きびつひこのみこと)と温羅(うら)
異国から来た「温羅」という巨人が一帯を支配し、それを朝廷から派遣された吉備津彦命が討伐するというもの。温羅は最終的に降伏し、その首は晒された後、神社の釜の下に埋められたと伝えられてる。 - 香川県:女木島(めぎじま)の鬼退治
高松沖にある女木島は別名「鬼ヶ島」と呼ばれ、巨大な人工洞窟が残っている。ここでは、稚武彦命(わかたけひこのみこと)が周辺を荒らす海賊(鬼)を退治したという伝承がある。 - 愛知県・岐阜県:桃太郎神社
犬山市周辺にも桃太郎生誕の地とされる伝説があり、周辺の地名(犬山、猿洞、雉ヶ棚)が仲間の由来になったと言われている。
これらの伝説に共通しているのは、「中央から来た正義の勢力が、その土地の秩序(あるいは土着の支配者)を武力で塗り替えた」という構造です。
そして、多くの古文書や絵巻物が記す決定的な事実は一つ。
「鬼の大将は殺されず、生け捕りにされ、屈辱的な姿で連行された」ということ。
3. 略奪か征伐か。童話と伝承の間に横たわる決定的な断絶
絵本の中の鬼たちは、村を襲い、宝や娘を奪う「絶対的な悪」として描かれている。しかし、日本各地に残る「桃太郎伝説」のモデルとなった伝承を紐解くと、そこには全く別の顔をした鬼たちの姿が浮かび上がってくる。
童話が描く「鬼」の振る舞い:
童話において、鬼たちが具体的に「何をしたか」は驚くほど曖昧です。
「悪いことをした」という抽象的な一行で片付けられ、その罪状の詳細が語られることは稀です。
彼らはただ、桃太郎の正義を際立たせるための「記号化された悪」として配置されています。
最後には圧倒的な力の前にひれ伏し、涙を流して改心を誓う。そこにあるのは、勝者の論理で塗り固められた勧善懲悪の姿です。
伝承が語る「鬼」の真実:
一方で、各地の伝説が語る鬼たちは、もっと生々しい「生活者」であり「統治者」でした。
例えば、岡山県の温羅(うら)は、異国から優れた製鉄技術を持ち込み、その地を工業的に発展させた「王」であったという側面を持っている。
また、香川の鬼ヶ島にいた者たちは、海上の交通を支配し、独自の交易圏を築いていた集団であったとも伝えられている。
彼らが何をしたのか。それは見方を変えれば、「中央支配に屈せず、独自の資源とルールで豊かに暮らしていた」ともいえる。
しかし、その自立した豊かさこそが、中央から派遣された桃太郎(吉備津彦命)にとっては「排除すべき不穏な勢力」と見なされる理由となった。
「正義」という名のレジームチェンジ:
童話では、鬼ヶ島の宝物は「村から奪われたもの」とされるが、伝承の視点に立てば、それは鬼たちが自らの技術や交易で蓄えた「資源」だったのかもしない。
桃太郎の遠征は、果たして純粋な報復だったのか。それとも、その資源を奪い、自分たちの管理下に置くための、一方的な体制変更だったのか。
その答えを示唆するように、歴史の断片に刻まれた「ある事実」だけが、おとぎ話のカーテンの隙間から冷たく光っています。
4. 正義という名の連れ去り|強制連行と、現代に問う「正義」の正体
おとぎ話の最後には、こう書いてある。
「鬼の大将は殺されず、生け捕りにされ、屈辱的な姿で連行された」
そして、村の連中は、悪い鬼を成敗して平和になったと。この結末を「めでたし、めでたし」と教わってきた。
しかし、視点を変えれば、そこにあるのは英雄譚ではなく、徹底的な破壊と、指導者の拉致、そしてコミュニティの死。
「悪いことをしたから」という一行の断罪によって、その土地が持つ資源や、そこにいた人々の生活、そして自立した秩序がすべて塗りつぶされる。
桃太郎が村に持ち帰った「宝物」の本当の価値が何であったのか、今となっては知る由もありません。
けれど、歴史や物語のカーテンを一枚めくれば、似たような光景は現代のニュースの中にも溢れている。
「正義」や「解放」という旗を掲げ、他国の法を無視してリーダーを縛り上げ、資源を管理下に置く。
おとぎ話だと思っていたものは、実はこの世界のどこかで繰り返されている「レジームチェンジ(体制変更)」の記録に過ぎないのかもしれない。
勝者が書いた物語の最後には、いつも同じ言葉が記される。
敗者の声は届かず、ただ事実だけが冷たく固定されるだけなのです。
「鬼の大将は殺されず、生け捕りにされ、屈辱的な姿で連行された」
▼ 社会・文化の解剖学の目次・一覧を確認する
└ 1. 桃太郎伝説にみる支配の構造
└ 2. 浦島太郎 |ここが思案の玉手箱・なぜに太郎は…
└ 3. なぜに「かぐや姫」の歌は存在しないのか?
└ 4. 鉢かづき|鉢に封じられた相続の真実
└ 6. 天女の羽衣なぜ彼女は子供を捨てたのか?
└ 9. 一寸法師と打ち出の小槌の象徴性
└ 10. 舌切り雀におけるお婆さんの役割と構造
└ 11. 瓜子姫伝説|風景に刻まれた祈りと掟
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▼【平安の闇】――『その正義は誰が作ったのか?』
