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干支外伝:猫の章「しょうがなかったのよ」

小説
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干支を決めるための招待状が、あらゆる生きものたちに届いた。

だが、そこに姿を見せなかった者がいる。 ある者は、男と遊んでいて遅れた。

これは、選ばれなかった者の物語。 栄光ではなく、沈黙。 名誉ではなく、影。

それでも彼女は、語る。 語らずにはいられぬのだ。

なぜなら―― 語られなかった者たちの記憶は、 誰かが語らねば、永遠に失われるからだ。

え? 干支? ああ、あったわね、そんなの。

でも私、その日―― ちょっと素敵な男と、月の下で遊んでたの

だから、遅れたの。 それだけよ。

しょうがなかったのよ。 だって私たち、もともと“呼ばれても来ない”生きものなの。

でも、呼ばれなければ、ふっと現れる。 それが猫。

昔からそうだったのよ。古代エジプトでは、私たちは神だったの。

バステト――女神の名を借りて、 家を守り、病を祓い、 美と音楽と、豊穣の象徴として崇められていた。

紀元前1000年ごろには、 私たちのミイラが何十万体も作られて、 神殿に奉納されていたのよ。

日本でも、江戸の豪徳寺で、 雨宿りの旅人を雷から救った猫がいた。 その猫を祀ったのが、招き猫のはじまり。

右手を上げれば金運、左手なら人を招く―― 明治以降に広まった俗信だけど、 どちらも、私たちの“気まぐれ”が、 誰かの幸運になったってこと。

でもね、どちらにせよ、 私たちの“気まぐれ”が、 誰かの幸運になったってこと。

それって、ちょっと素敵じゃない?

あと、よく言われるのよね。 「ネズミに騙されたんでしょ?」って。

でも、それ、違うのよ。 あの子が嘘をついたのは本当。 でも、私、信じてなかったもの

だって、ネズミよ?
ちょろちょろして、こそこそして、 目を合わせないでしょ。

でもね、私たち、敵じゃないのよ。 ただ、あの子たちが勝手に怖がってるだけ。

私たちが狩るのは、本能。 あの子たちが逃げるのも、本能。 それだけのこと。

なのに、いつの間にか「猫とネズミは敵同士」って。 物語って、都合のいいほうに転がるのよね。

まあ、いいけど。 私は、誰かの都合で生きてないから。

それに、よく言われるのよね。 「猫は化ける」って。

尻尾が二つに分かれたら、化け猫になるんですって。 長生きすると、人を呪うんですって。

ふふ、まったく。

でも、それもね―― ほとんどが、人間の勘違いなのよ。

昔の人は、私たちが夜に目を光らせるのを見て、 「あれは妖術だ」って言った。

でも、あれはただのタペタム反射。 暗いところでもよく見えるように、 目の奥で光を反射してるだけ。

それに、尻尾が二つに分かれるって? それ、たいていは怪我か奇形。

でも、物語はそういう“異常”を好むのよね。 だから、私たちは“化ける”ことにされた。

ほんとは、ただ長生きしただけなのに。

え? 干支の宴? ああ、そういえば、あったわね。
でも、私、 その夜はちょっと忙しかったの。


私たち、排卵誘発型なの。 交尾の刺激で排卵するから、 そのとき一番いい相手を選べばいい。

だから、男が何人いても、 私が“その気”にならなきゃ、意味がないの。

ね? ちょっと賢いでしょ。

「“選ばれる”って、なんだか窮屈なのよ。 オーディションみたいで、息が詰まるじゃない?

私はね―― “選ばせる”ほうが、ずっと性に合ってるのよ。

だって私、 “選ばれる”より、“愛される”ほうが、 ずっと、ずっと気持ちいいもの

猫は、男と遊んでいて、時間に間に合わなかった。だから、選ばれなかった。


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