タイパ至上主義の落とし穴。自己解放という名の免罪符
第一幕:風呂キャンセル界隈という言葉の登場と背景
「湯船は1年間で5回も入ってない。面倒くさいのと時間がもったいないのと水道代がもったいない」(元フジテレビアナウンサー・弁護士:菊間千乃、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」2025年12月16日出演時の発言)
「お風呂は4日に1回。お風呂が嫌いで、入るまでがめんどくさい」(アーティスト・あの:モデルプレス 2024年4月11日配信記事)
「育児と仕事で疲れ果て、お風呂に入らず寝てしまうことがよくある」(元テレビ朝日アナウンサー・竹内由恵:公式SNS 2024年)
「深夜まで仕事をして、どうしても動けない時はそのまま寝る。お風呂をキャンセルする日がある」(タレント・藤田ニコル:スポニチ 2024年5月14日号)
「毎日(風呂に)入る概念がない」(タレント・重盛さと美:テレビ番組出演時)
「夜は風呂に入らない」「仕事がある朝に入る」指原莉乃:自身のYouTubeチャンネル
「(風呂に)1週間とか入らない」(アイドルグループ・煌めき☆アンフォレント 鈴木Mob.:フジテレビ系「酒のツマミになる話HANARE」2025年7月25日配信回)
第二幕:肯定される免罪符――辿り着いた「風呂キャンセル」という選択
X(旧Twitter)等のSNS上では「#風呂キャンセル界隈」というハッシュタグがトレンド入りし、自身の未入浴の報告や、入浴を回避した時間の活用法に関する投稿が継続的に行われている。
こうした投稿の多くは、単なる怠慢としてではなく、「メンタルウェルネス」や「自己防衛」の文脈で語られる。
過剰な労働やストレスにさらされる現代人にとって、入浴という多大なエネルギーを要するルーティンをあえて切り捨てることは、精神的な余白を確保するための「賢明な撤退」として肯定されている。
また、タイムパフォーマンス(タイパ)を至上命題とする価値観もこれを後押しする。
入浴、洗髪、そしてヘアドライに費やされる1時間近い時間を「可処分所得」ならぬ「可処分時間」として回収し、睡眠や趣味、自己研鑽に充てることは、合理的かつ効率的な資源配分であるという言説が、若い世代を中心に支持を得ている。
さらに、こうした選択は「社会が強いる清潔感という名の同調圧力」からの解放とも位置づけられる。
個人のプライベートな領域において、何を行い、何を行わないか。
その決定権を自分自身の手へと取り戻すプロセスとして、このライフスタイルは一つの思想的な広がりを見せている。
第三幕:風呂文化の情景――江戸から昭和へ、「湯」で磨き上げた心の福
1603年に江戸初の銭湯「伊勢与」が登場して以来、入浴は町人の最大の娯楽となりました。
式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』には、老若男女が湯船で世間話に花を咲かせる活気あふれる日常が描かれている。
当時の入浴料は、かけそば一杯と並ぶ「二八(十六文)」。身分を脱ぎ捨て誰もが裸で語り合う、江戸特有の平等な社交場でした。
混浴の日常と「湯浴み」の作法
現代人を驚かせるのが、当時の銭湯が「入り込み湯」と呼ばれる混浴であったこと。幕府は風紀を理由に幾度も禁止令を出しましたが、庶民の日常に根付いたこの文化は、明治時代まで色濃く残りました。
「湯浴み」と浴衣のルーツ
こうした「裸の付き合い」を良しとする日本人の精神性は非常に根強く、都市部で分離が進んだ後も、地方の温泉場などでは昭和の中頃までごく当たり前の光景として混浴が残っていた。
男女が同じ湯に浸かり、分け隔てなく言葉を交わすおおらかな情景は、日本人が古くから育んできた独自の「共同体意識」の象徴でもあったのです。
また、当初の入浴は蒸気で体を温める「蒸し風呂」が主流で、人々は「湯帷子(ゆかたびら)」という麻の着物を着用して入浴していました。
これが現代の「浴衣」の語源です。
やがてたっぷりとした湯を湛える「戸棚風呂」や「据え風呂」が普及しても、女性が腰に「湯文字(ゆもじ)」を巻くなど、伝統的な「湯浴み」の作法は守られ、清潔さと慎みの間で独自の美意識が育まれました。
浮世絵が捉えた「清らかな美」
この豊かな風呂文化は、絵師たちの手によって鮮烈な記録として残されています。
喜多川歌麿: 代表作『玉楼小紫湯揚りの風情』や、遊女の生活を綴った『青楼十二時 丑の刻』などでは、湯上がりの女性の微かに上気した肌や、一息つく瞬間の安らぎが見事に捉えられています。
歌川国貞: 美人画の名手である彼は、『睦月わか湯の図』や『流行浴衣当世揃』において、清潔な浴衣に身を包んだ女性たちの瑞々しい美しさを描き、江戸庶民の理想的な「湯上がり姿」を可視化しました。
身体を磨き、心を磨く
人々は糠(ぬか)袋で熱心に肌を磨き、サッパリとした身体で再び江戸の雑踏へと戻っていきました。銭湯は、一日の疲れを流す物理的な癒やしの場であると同時に、人々と繋がり、美意識を確認し合う、精神的な「福」を分かち合う聖域だったのです。
この文化は明治、大正、そして昭和初期へと受け継がれる。夏目漱石の『坊っちゃん』: 道後温泉が。志賀直哉の『城の崎にて』: 城崎温泉。川端康成の『伊豆の踊子』伊豆湯ヶ島温泉。『雪国』: 越後湯沢温泉がモデルだとされている。・
このように温泉や風呂は心身を癒やし、生を実感するための聖域として文学の題材にもなった。
昭和初期の都市部においても、夕暮れ時に石鹸箱を抱えて銭湯へ向かう光景は日本の原風景であり、一日の労働の疲れを「湯」で流すことは、人間としての尊厳を回復する儀式でもあった。
第四幕:身体の物理現象――皮脂と、嗅覚の「感覚順応」という罠
「入浴のキャンセル」という選択に対し、人体の生理構造は極めて事務的な反応を示す。
日本臨床皮膚科医会および皮膚科専門医の見解によれば、皮膚表面では24時間絶え間なく皮脂が分泌されている。これは、皮膚の潤いを保ち、外部の刺激や乾燥から肌を守るための重要な生理機能である。
この皮脂は分泌から約24時間を経過すると、空気中の酸素や紫外線によって「過酸化脂質」へと酸化する。これは、いわゆる「油の腐敗」と同じ化学変化である。
同時に、皮膚に常在する黄色ブドウ球菌や真菌などの微生物が、この皮脂や汗に含まれる成分を分解する。
その代謝プロセスにおいて、イソ吉草酸やジアセチルといった揮発性有機化合物が生成される。これが、医学的・生物学的に定義される「体臭」の物理的な正体である。
また、日本味と匂学会等の研究資料が示す通り、人間の嗅覚には「感覚順応(疲労)」という特性がある。
強度の強い匂いであっても、長時間その環境に身を置くことで、脳は生存に関わらない刺激として認識を遮断する。自身の放つ代謝物の変化を、本人の嗅覚受容体が検知しなくなるのは、生物学的な必然である。
さらに、頭髪に付着した排気ガスや花粉、微小粒子状物質(PM2.5)などは、物理的な洗浄が行われない限り、寝具などの生活環境へと移行し、残留し続ける。
第五幕:共有空間の制約――空調と満員電車が剥奪する「吸わない自由」
「個人の自由」という正義が効力を発揮するのは、あくまで閉鎖的な私的領域に限定される。一歩外へ出れば、そこには他者とリソースを共有する物理的な制約が存在する。
建築物飲料水管理基準(ビル管理法)が定める通り、オフィスや商業施設などの公共空間では、空調システムによって室内空気が一定の割合で循環・混合される。
また、国土交通省の資料によると、日本の都市部における鉄道の通勤ラッシュ時の混雑率は、主要区間平均で120%〜130%台で推移しています。これは「座席に座れる程度の混雑」を示す数値で、通勤ラッシュ時の混雑率は150%を超える路線も少なくない。
こうした空間において、他者との物理的距離は数十センチメートル以内に固定される。空気は、そこに居合わせる全ての人間によって均等に共有・呼吸される。
ここで、ひとつの構造的な事実が浮上する。
「風呂をキャンセルする」という個人の決定は、自己の完結した選択として成立する。
しかし、その結果として発生する物理的現象(酸化した皮脂の揮発成分)は、共有される空気を通じて他者の呼吸器へと確実に到達する。
「洗わない自由」を行使する個人の横で、その空間に居合わせた他者には「他人の代謝物が混じった空気を吸わない自由」という選択肢は用意されていない。
空気を共有するという物理的制約下において、拒絶の権利は構造的に剥奪されている。
第六幕:均衡の行方――自己解放の代償は誰が払うのか。
「風呂キャンセル界隈」という言葉が提供したのは、多忙を極める現代人にとっての「精神的な免罪符」であった。
彼らは入浴というルーティンを切り捨てることで、貴重な可処分時間と、自分自身の決定権を取り戻した。
しかし、その「自己解放」の対価は、目に見えない形で他者へと転嫁されている。
一方が「面倒くさい」を回避して手に入れた自由の裏側で、もう一方は、自らの意思とは無関係に他者の生理現象を受容させられるという不条理の中に置かれる。
風呂キャンセル界隈にいる彼女たちは。
「におうがごとく」の美女たちですな。

L『納得感の解剖学|説得の技術者たち』
『知の深淵へ|童話・寓話の解剖学』

