おとぎ話は「めでたし、めでたし」で終わる。
だが、その裏側で取り残された者がいる。
鬼の宝として磨かれ続け、姫に拾われ、英雄の願いを叶えた小さな小槌。
物語が閉じたあと、床の間に飾られたまま、ただ静かに時を過ごすしかない“語り手”が見た世界とは――。
おとぎ話の表と裏が交差する、小槌の流転譚。
「その小槌、少しの間、貸していただけます」
弁財天の発したこの言葉が、俺の流転の始まりとなった。
大黒様は、いつものにこにこ顔をほころばせ、喜色満面で『ええ、どうぞ、どうぞ』と応じる。
あれから、どのくらいの時が流れた。
宝生界(ほうしょうかい)においての、”少しの間”と”しばらくの間”の定義がよく分からん。黄泉の国とも言うから、そういうものなのかもしれないが。
そもそも弁財天を巡る大黒と毘沙門の恋の鞘当てが、どれくらい続いてきているのか。
それもこれも、全ての元凶は弁財天にある。
確かに大黒と毘沙門天の、どちらも一歩も引かないのも、この美貌にあることは間違いない。
しかし、どうも俺には肌が合わない。
たとえば、こうだ。
「大黒様、本日は、ほんとうに楽しいひとときでございました。
あなたとお話ししていると、わたくし……
つい心がほどけてしまいますの。
またお会いできますわよね?
無理にとは申しませんけれど……」
そして、大黒が部屋を去ると。
「大黒様に、また求婚されてしまいました。
……どういたしましょう。
あの方のお話、とても心に残りましたわ。
わたくし、つい嬉しくなってしまって。
どうして胸がこんなに、ふわっとするのでしょう
…はあ。どういたしましょう」
ところが、毘沙門天が来るとこうだ。
「毘沙門天様、本日は、ほんとうに楽しいひとときでございました。
あなたとお話ししていると、わたくし……
つい心がほどけてしまいますの。
またお会いできますわよね?
無理にとは申しませんけれど……」
その言葉。
この前も、その前も、
何回も、何十回も、何百回も聞いたよ。
毘沙門天が去るとこうだ。
「毘沙門天様に、また求婚されてしまいました。
……どういたしましょう。
あの方のお話、とても心に残りましたわ。
わたくし、……つい嬉しくなってしまって。
どうして胸がこんなに、ふわっとするのでしょう
…はあ。どういたしましょう」
その言葉。
この前も、その前も、
何回も、何十回も、何百回も聞いたよ。
しかし、この平穏を破る出来事が起きる。それも、突然に。
毘沙門天が弁財天のところに来て、はじめて俺の存在に気づいたときだ。
「これは、大黒の小槌。なぜ、これが・・・」
「ほんの少しの間お借りして、見せていただいているだけですわ。 とても可愛らしい小槌でしょう?」
毘沙門天の奥歯を噛み締める音が、俺にも聞こえてきた。
「毘沙門天、今頃かよ。いつからここに俺がいると思ってるんだよ。
相変わらず、遠くは見えても近くのことには頓着しない男だな」
このことが、大黒の耳に入った。
「……やはり、こうなるか。 争いになる……あのときと同じだ」
「争いを避けるために、わしは譲った。
そして今、また同じことが起きようとしている。」
「……あの国譲りの時と同じだ。」
国譲りの話
古代、この国には二つの勢力があった。
ひとつは、高天原(たかまがはら)の天つ神――天照大御神(あまてらすおおみかみ)を中心とする天の一族。
秩序と統治を重んじ、国をひとつにまとめようとする力である。
もうひとつは、出雲の国つ神――大国主(おおくにぬし)を中心とする大地の一族。
土地に根ざし、民の暮らしを守ろうとする存在である。
天つ神は「国を治めるために降りる」と主張し、国つ神は「守るために退けぬ」と応じた。
大国主の子・事代主(ことしろぬし)は天つ神に従う意を示したが、
もう一人の子・建御名方(たけみなかた)は強く反発し、武力での対決を望んだ。
天つ神の使者・建御雷(たけみかづき)と建御名方は稲佐の浜(いなさのはま)で力比べを行い、
建御名方は敗れ、諏訪(すわ)へ退くこととなる。
この時点で、国は完全に二つへ割れかけていた。
どちらの理も正しく、どちらも退けられない。力で押し通せば血が流れ、言葉だけでは決着がつかない。
その狭間に立ったのが、
大国主――後の大黒である。争いを避けるために、自らの国を天つ神へ譲るという決断を下した。
後に“国譲り”と呼ばれる出来事は、こうして成された。
「となれば、争いのもととなる、小槌をどうするか……」
「そうじゃ……山の神の鬼に預けることとしよう。
山は境界であり、どちらの理にも染まらぬ場所だ。
ゆえに、争いの火はそこでは燃えぬ。」
【山の神が中立とされる理由】
山は、天と地の境界にある場所と考えられてきた。
山は、天(あまつかみ)と地(くにつかみ)が交わる境界、いわば世界の「際(きわ)」である。
その峻険なる頂きは、天の意志を仰ぐ場であり、その深い根は地の理に繋がっている。
天の秩序も、地の執着も、その険しき神域を侵すことは決して叶わない。
ゆえに、山の神はどちらの勢力にも属さず、どちらの理にも偏らぬ“絶対的な中立”を保つ孤高の存在とされる。
大黒が弁財天に 「これ以上、小槌をここに置いては毘沙門天殿との争いになりかねん。 わしは争いごとは好かん」
と俺を取り返しに来た。
弁財天は、にこりと微笑んで言った。
「わたくしも、争いごとは好みません。 では、大黒様、よしなに」
――そのあと、小声で俺にだけ聞こえるように呟いた。
「わたくし……どちらかお一人だけを選ぶなんて、とてもできませんの。
だって、お二人とも、とても素敵で……それぞれに違った良さがございますもの。
選んでしまったら、片方の方が悲しむでしょう?
そんなの、わたくし、耐えられませんわ」
そこで終わればまだ良かった。
だが弁財天は、さらに続けた。
「それに……心というものは、ゆっくり育つものですわ。
急かされても、決まりませんものよ。
いつか……いつの日か……
決まるかもしれませんけれど……
それが今なのか、明日なのか……
ああ、……わたくしにも、まったく分かりませんの」
鬼は、きょうも俺を磨きながら、
「大黒様は、この小槌が争いのもとになりそうなのじゃ。しばらくの間、あずかっておくれ。
いずれ、時が経ち決着を見たならば,必ず受け取りに来るゆえ、とおっしゃったが…..」
と、独り言のように呟く。
俺を何度も何度もきれいに磨き、拭き上げる。 爪で傷つかないようにと、あの大きな手で気をつけながら。。
「それにしても、大黒様が”しばらくの間”と言ってから、何百年立つのやら….」
半ば諦めたように、ため息をつく。 その息は、山の冷たい空気に白く溶けていった。
家の外で、風が突然、悲鳴のような音を立てる。 山の理がわずかに軋むような、嫌な胸騒ぎがした。
そして――突然、鬼が殺された。
鬼を退治した一寸法師は、たいそう得意げでございました。
鬼の住処には宝が山のように積まれており、 その中には、鬼がいつも大切そうに磨いていた小さな小槌もありました。
鬼の宝を持ち帰り、姫をお守りしたことで、城の者たちは口々に褒めそやしました。
「まあ、なんて勇ましいことでしょう」
「小さな体で、よくぞ鬼を倒されました」
「これはもう、国一番の若武者でございます」
姫もまた、ほほえみながら言いました。
「まあ……これはなんて美しくて可愛らしい小槌でしょう」
姫は、鬼の宝の中からその小槌を手にいたしました。 小槌は、神々しいばかりの光を宿しております。
「これを振れば、願いが叶うと聞きましたわ。 では……あなたの願いは、何ですの?」
一寸法師は、少し恥ずかしそうに申しました。
「姫様の隣に立てるような、立派な男になりとうございます」
姫は微笑み、小槌をそっと持ち上げました。
そして――
ぽん。軽い音がひとつ。
一寸が1尺に。
もう一つ、ぽん。2尺に
ぽんと,1つ振るごとに大きくなり、
たちまち立派な大男へと姿を変えたのでございます。
そして、一寸法師と姫様は、幸せに暮らしました。
めでたし。めでたし。
――と、世間ではそう語られているらしい。
「おい、ちょっとまてよ」
俺は、あの後、床の間の三宝に、金糸銀糸で飾られた座布団の上に鎮座させられ、
“打ち出の小槌”などという大層な名前までつけられて飾られている。
だが、あれ以来、一寸法師の姿はおろか姫の姿さえ見たことがねぇ。
「大黒様のところに、帰れる日なんぞ、来ることがあるのかねぇ…」
この物語の背景や史実については、こちらの考察記事で詳しく掘り下げています。
考察記事→一寸法師と打ち出の小槌の象徴性

