『現場の正義 ―― 深川の漁師と百姓が求めた「機能美」』
1. 舞台は「江戸の朝」:潮風と泥にまみれた現場
小田原城の静かな食卓から、場面は一転。
ここは江戸・深川。潮の香りと泥の匂いが混じる、漁師町の朝である。
夜明け前、漁師たちは潮が引く前に海へ出なければならない。
百姓たちは、日が昇る前に田んぼへ向かう。
彼らにとって、食事とは「味わう儀式」ではない。
それは、動くための“燃料補給”だった。
「箸でちまちま食べてる暇なんてねえ。ぶっかけて、かき込んで、出る。それだけだ」
――ある深川の漁師(架空の証言)
2. 「深川めし」という名の、公認されたねこまんま
江戸の漁師たちが船上で食べていたのは、アサリの味噌汁をご飯にぶっかけた“汁かけ飯”。
これが、現代に伝わる「深川めし」の原型である。
現代の「深川めし」は「ぶっかけ」と「炊き込み」の2種類がある」
▶ 農林水産省:「うちの郷土料理」
汁で流し込み、最短時間で胃に収める。
この“圧倒的なスピード”こそが、彼らの生存戦略だった。
同様に、宮崎や埼玉の「冷や汁」も、農作業の合間に涼を得るための“完成されたねこまんま”である。
「農民たちが暑い夏に、麦飯に生味噌をのせ、それに水をかけて食べていたことが元になっているといわれている。」
▶ 農林水産省「うちの郷土料理」
3. 「郷土料理」と「ねこまんま」の残酷な境界線
ここで、ひとつの疑問が浮かぶ。
「深川めし」や「冷や汁」として名前がつけば“伝統文化”と称賛されるのに、 なぜ家で味噌汁をかけると“行儀が悪い”と叱られるのか?
その差は、たった二つ。
- 名前(ブランド)があるかどうか
- トッピング(アサリや薬味)があるかどうか
つまり、ねこまんまは“名乗り方”と“見た目”で差別されているのだ。 マナーとは、時に“形式”だけを見て“本質”を見失う。
江戸のファストフード文化は、せっかちで合理的だった。ぶっかけ飯は、むしろ江戸っ子の気質に合っていた。
4. 第4回の結び:働く者の勲章
氏政が「無能」と断じた汁かけ飯。
だが、現場のプロたちにとって、それは“有能”の証だった。
「マナーという名の贅沢品は、腹を満たしてから語ればいい」
ねこまんまは、動く者の飯。 働く者の勲章。
そして、合理性とスピードを極めた“機能美”だった。
だが、そんな“労働者の飯”に、21世紀の日本――
ついに救世主が現れる。
オレンジ色の看板を掲げた、あの“牛の角(ロゴ)”のあいつだ。
次回、完結。
ねこまんま、ついに聖域へ――。
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