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第8話:志賀直哉「国語問題」再考

黒石に刻まれた自筆の詩が静かに佇む、文学の記憶を象徴する風景 文学・文壇
文学・文壇
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日本語を極めた男が日本語を捨てようとした理由

1. 衝撃の提言「フランス語を国語に」――日本語を磨き上げた男の自己否定

1946年、志賀直哉は雑誌『改造』復刊号に随筆「国語問題」を寄稿し、日本語の廃止を主張した。

日本が戦争へ突き進んだ原因は、日本語が持つ「論理の曖昧さ」にあるとし、 「世界で最も明晰なフランス語を国語にすべきだ」 と断じたのである。

日本語を「一字も動かせない」ほど磨き上げた男が、自らの言語を“欠陥品”と切り捨てたこの提言は、文壇に激震を走らせた。

2. 志賀直哉の決定的な矛盾――一度も習得しなかった言語への「奇跡」の期待

しかし、この主張には決定的な矛盾があった。志賀は東京帝国大学時代にフランス語を履修していたが、以下の事実は動かしがたい。

  • 生涯を通じて読み書きを習得した記録はない
  • 日常会話で使った事実も確認されていない

つまり志賀は、一度も自分の手に馴染んだことのない言語に、日本人の精神をリセットする「奇跡」を求めたのである。

3. 神様の焦燥と文学的敗北の回避――私小説の時代が終わる恐怖の中で

戦後、太宰治のような娯楽性の高い物語や、地を這うような「俗」の文学が爆発的に支持される一方で、志賀が守り抜いた高尚な「私小説」は、時代の主役から退きつつあった。

自分の美意識が通用しなくなる世界に対し、志賀は 「言語そのものが欠陥品である」 という極論を突きつけることで、文学的敗北を回避しようとした側面が否定できない。

「神様」が愛したはずの日本語を“前時代的な遺物”として葬り去ろうとしたこの瞬間は、 日本語という檻の中で頂点を極めてしまった表現者の、孤独な叛逆でもあった。

4. GHQとの奇妙な同期 ―― 漢字廃止・ローマ字化政策

志賀の極論は、奇妙なことにGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策と同期していた。同時期、GHQは日本語を「民主化を阻む壁」と見なし、以下の仮説を立てていた。

  • 漢字は複雑すぎ、習得に時間を奪われる
  • そのため、大衆の政治的判断力が育たない

志賀の提言は、占領軍の統治戦略と同じ方向を向いていたのである。

5. 戦後日本語政策への影響と、その孤立

1948年、GHQは全国規模の「日本字能力調査」を実施するが、識字率97.9%という結果が出て、漢字廃止論は根拠を失い頓挫した。

GHQの政策が撤回された後も、志賀のフランス語採用論だけが、 “日本語を極めた男の奇妙な自国語否定” として文学史に孤立した形で残ることになる。

志賀の提言は、敗戦直後の絶望が生んだ“極限の思想”であり、 同時に、戦後の価値観の変化に取り残されていく“神様”の焦燥そのものであった。