「鬼に横道なし」
連載の冒頭で紹介した酒呑童子の断末魔は、1000年の時を超え、現代の私たちの耳に不気味な響きを持って蘇ります。
私たちは、毒(神便鬼毒酒)を盛り、寝込みを襲った源頼光を「正義」と呼び、裏切られた鬼を「悪」と呼んできました。そして近代、明治政府は地名を書き換え、火葬で死を隠し、陰陽師という「闇の窓口」を閉鎖しました。
私たちは「鬼のいない、清潔で正しい世界」を手に入れたはずでした。しかし、本当にそうでしょうか。
1. 現代版「鬼退治」としてのSNS私刑
かつて、鬼は山の向こうや川原にいました。しかし現代、鬼は「画面の向こう」にいます。
- 非道の正当化:一度「悪(鬼)」と見なされた個人に対し、匿名の人々が寄ってたかって言葉の礫を投げ、社会的に抹殺する。
- 頼光の再来:それは、正義という「神の毒酒」を飲み、相手の言い分を聞かずに寝込みを襲う、現代版の鬼退治そのものです。私たちは酒呑童子が軽蔑した「横道(卑怯な道)」を、正義の名の下に歩み続けています。
2. 境界線(アジール)の消失と「透明な排除」
第5回・第6回で触れたように、かつては川原や山奥といった「社会の枠外」が存在しました。そこは鬼の棲家でありながら、同時に「逃げ場」でもありました。
- 全方位の監視:デジタル化された現代社会に、もはや境界線はありません。一度レールを外れた者は、GPSとデータによって追い詰められ、どこへ逃げても「不浄なもの」として排除されます。
- 清潔すぎる地獄:死を病院に閉じ込め、ゴミを遠ざけ、異分子を隔離する。この「清潔さ」を維持するために、私たちは無意識のうちに新しい「鬼」を作り出し、駆除し続けています。
3. 誰が「鬼」を殺したのか
私たちが殺したのは、角の生えた怪物ではありません。
殺したのは、「理解できない他者と対話し、共に生きるという可能性」です。
- 陰陽師がいない世界:闇と交渉する術を失った私たちは、自分たちの理解を超えた存在を、ただ「バグ(異常)」や「悪」として処理するしかありません。
- 鏡の中の怪物:他者を鬼と呼び、排除に加担する時、私たちの顔はかつての酒呑童子よりも醜く歪んでいる。それに気づかないことこそが、現代の最大の悲劇です。
4. 結びに代えて ── 酒呑童子の予言
「鬼に横道なし」
この言葉は、敗者の負け惜しみではありません。「自分たちの正義を疑わない人間こそが、最も残酷な横道を歩む」という、未来への預言だったのです。
私たちは、いつまで頼光の兜を被り続けるのでしょうか。
私たちが「鬼」と呼んできた者の瞳に映っているのは、もしかしたら、正義の皮を被った「真の怪物」である私たち自身なのかもしれません。
シリーズ完結にあたって
全10回にわたる「鬼の真実」の旅。あなたの住む街の地名、夜の雨音、ふとした嫉妬心。そのすぐ隣に、今も鬼は潜んでいます。
次に彼らに出会った時、あなたは剣を抜きますか? それとも、静かに酒を酌み交わしますか?
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